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 私が初めて芯張村に訪れたのは十年前、大水害が起こる数ヶ月前のことだった。
 当時高校生だった私は今以上にオカルトに首ったけで、北に“キリストの墓”あらば特急を乗り継いでは向かい、南に海底遺跡あらばダイビングライセンスを取得して海に飛び込むというような無茶苦茶ばかりしていた。こと怪しいモノ不可解なコトに関して自制の効かない私は、某県山間部の集落に“生き神”が信仰されているという噂を聞くと居ても立っても居られなくなってしまったのだ。
 そこで、籠目選恵と──“燈籠様”と呼ばれる少年に出会った。
 取り立てて書くようなことは起こらなかった。排他的な住人達に招かれざる客人として白眼視されながら、取材に協力的だった籠目嬢と話し、“燈籠様”と遊んだりして三日程度滞在し、何事もなく村を出た。
 ただ、村を出る直前、籠目嬢と約束をした。

「また来てほしいな、この村に」

 “燈籠様”についてほとんど調べることができなかったことに落胆する私に、籠目嬢はそう言った。

「この村狭いし、あんまり話し相手もいないから、誘太郎君が来てくれて楽しかった。また来て、今度はゆっくりこの村のことを調べればいいよ」

 またとない申し出であったし、実際そうしたいと思っていたところであったが、当時私は受験生であった。こうして大型連休を利用して弾丸旅行をするのだって本来褒められたことではないし、きちんと滞在する時間を取るなら夏季休暇を待つしかない。
 そう伝えると、籠目嬢は少し落胆したようだった。

「……そっか。すぐには来られないんだ。そうだよね」

 籠目嬢とは、不思議と話が弾んだ。
 同年代の友人が居ない集落で暮らす彼女と、誰でもいいからオカルト話をしたくて堪らない当時の私、単に利害が一致しただけかもしれないが。
 今なお瘴気を出し続ける殺生石、軽々しく扱われると祟りをなすお岩の亡霊、小野篁が冥府に渡る際に降りた井戸──各地の不可思議な伝承について語る私に対して彼女は真摯に耳を傾けてくれた。


「いいなあ。私も行ってみたい」
「行きましょうよ。なんなら、僕が案内しますから」
「……無理だよ。大人になるまではこの村から出られないから」


 滞在中、そんなやりとりをしたこともあったか。
 思えば、彼女はこの村から出たがっていた。──そして、それ以上に“何か”から逃れることを諦めていたように見えた。

「夏にはきっと来ますから! お盆の頃に大事なお祭りがあるんでしょう、それを見に来ますよ!」

 仲良くしてくれた彼女を落胆させたくない一心で──実際、集落独自の祭祀に興味も多分にあった──私はそんなことを言った。しかし、彼女の顔は晴れなかった。

「……本当に? 本当に、来てくれる?」
「ええ、絶対に来ます。約束します」

 何度も念を押す彼女に、私は深く考えずに頷いた。その言葉の裏にどんな思惑があるのか、まったく考えもしなかった。

「じゃあ、来てね。約束だよ」

 頷いて、また何かを諦めたように彼女は笑い──私達はそこで別れた。
 それが、生前の彼女を見た最後の時間だった。

 同年八月中旬、記録的な台風が列島を襲った。芯張村のある某県でも大雨による道路・線路への土砂崩れや倒木が発生し、私も折角買った新幹線のチケットを払い戻さざるを得なくなった。
 山中にある芯張村の被害が心配だったが、見にも行けず、連絡先も知らない私はやきもきしたままお盆を迎え──そして台風が過ぎ去った数日後、新聞や各種メディアで芯張村のことが報じられた。
 豪雨による土石流、及び湖の増水が発生──逃げ道を塞がれた集落の住民の大半が死亡・行方不明になったということだった。
 およそ百名余りに渡る芯張村住民の死者及び行方不明者リスト。
 その中には、籠目選恵の名前があった。

 

 


 ああ、彼女の姿が視える。
 何か言いたげに、私のことを罵りたげに見つめる籠目エリエの姿が視える。
 人柱として神に捧げられた彼女は今、亡霊として私の後ろに居る。

5/3 兄口誘太郎

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