top of page

 こりこりこりこりこり。
 こりこりこりこりこり。
 咀嚼するような、硬質のものを少しずつ削り落とすような、そんな音があたり一面から響いてくる。
 蟷螂だった。
 人の背丈を遥かに超す体躯の蟷螂が大量に、何疋も何疋も、そこらじゅうにいた。
 斧に似たその両の前脚で獲物を抱きしめ、こりこりこりこり、一心不乱に喰べているのだ。
(ああ、でも、あれは)
 彼らが喰べているのは、彼ないし彼女の伴侶になるはずであったはずの同族であった。
 共喰いである。
 伴侶を抱擁し、接吻を施すかの如く顔を近づけて、頭蓋を噛み砕いては脳髄を啜っている。
 こりこりこりこりこり。
 こりこりこりこりこり。
 途端にその音が恐ろしくなった私はその場から走り出す。
 走っても走っても、蟷螂たちの姿が途絶えることはない。
 こりこりこりこりこり。
 こりこりこりこりこり。
 耐えきれず、耳を塞ぐ。しかし音が止むことはない。
 なぜ私はこんなところにいるのだ。
 私は――確か、探していたはずなのだ。
 誰か、大切な人を。
 ここから逃げなければ。
 ここから出してくれ。
 こりこりこりこりこり。
 こりこりこりこりこり。
 だが――はたして私は、誰を探しているのだ。
 名も、顔も、声も思い出せない。
 記憶に穴が開いたように――
 ――蟲に喰われたように。
 こりこりこりこりこり。
 こりこりこりこりこり。
 ああ、煩い。
 音が止まない。
 どこまで行っても、足元落ちる影のように、あの音が追いかけてくる。
 再度耳を塞ごうとする。塞げない。
 私の手は――誰かをしかと抱いていた。
(ああ――此処にいたのか)
 私はようやっと安堵し、骸の顔を確認する。
 間違いない。やはり君だ。
 私はその顔にそっと口づけを落とした。
 こりこりこりこりこり。
 こりこりこりこりこり。
 いつまでもいつまでも、あの忌まわしい音が止むことはなかった。

 

 7/4 兄口誘太郎

bottom of page